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(肩書きは掲載年月日当時のものとした)
--- Vol.10 ---

28.草木を愛でる先達
北目 二郎
29.田中角栄元首相の一言
神田 孝一
30.師三人の恩恵
高橋 勉

草木を愛でる先達 1997.7.20 掲載
北目 二郎(きためじろう=元米沢市教育長)
 たまたま四季こもごもの花を咲かせておられる後藤定一先生にお会いすることができた。先生からいろいろなご指導をいただいてもう四十年になるだろうか。先生は千鉢以上の草花から盆栽まで、大樹からミニ盆栽と、しかも種から、また挿木や接木で改良と増殖を研究しておられる。草花、木々の原産地、性質気候気温との係わり、病虫害とその予防や手当などすべてに精通されているのである。
 自然と共有するとか植物と共生するという言葉を最近よく聞くが、後藤先生は身を以て実践しておられる。年間を通じて植物と共に生活している生きざまには頭の下がる思いである。先生の家に参上すると、四季折々の花が玄関にあり、部屋には珍しい盆栽、可憐な花が置かれ、優しい声や植物の甘い香りが来客を包み込んでしまうような思いがする。私は、まだまだ花への知識と愛情が足りないのである。先生は、またまた「この花は美しいし、栽培もたいして難しくないから」と笑顔で草花を下さる。私も栽培で特に注意すべきことを聞き「ようし今度はしっかり草花を育ててあげよう」と力むのだが、今年はどうなることだろうか。要は「水」加減がその秘訣らしい。先生に唯々、脱帽し、感謝敬服するのみである。
田中角栄元首相の一言 1997.7.26 掲載
神田 孝一(かんだこういち=置賜地区厚生年金受給者協会会長)
 私は、昭和五十二年に恩欠連(軍人軍属恩給欠格者連盟)を発足させた。この運動は、旧日本軍での軍歴が十二年未満では、恩給支給対象外という不公平から、全国組織にして立ち上がったものである。私は、恩欠連の全国委員長として、多くの自民党議員と交遊をさせていただいた。当時、恩欠連の議員連盟として我々の活動を支援してくれたのは、渡辺美智雄、三塚博、森喜朗、渡部恒三、梶山静六、加藤紘一の各氏らで、議員連盟の会長は桜内義雄氏、その後小沢辰雄氏も会長を十年ほど勤めてくれた。私は自民党本部の大講堂で、300人を越える衆議院、参議院議員を前に恩欠連の運動の必要性と支援を演説したことがあった。私たちも実現に向けて燃えたものだった。しかし、恩欠連の運動そのものは結局実現できなかった。
 さて、田中角栄元首相と会ったのもこの恩欠連の活動中である。ある時、議員会館の地下売店で私は、従軍記章のリボンの部分のみが外され、ネクタイに使用されていたのを見つけた。従軍記章とは、昭和二十年の十二月に交付する予定であったものであるが、敗戦により取りやめとなった経緯がある。私は、自民党で田中元首相と会った時に、そのことを話した。すると、「ほんとか、とんでもないことだ」と言った。彼は昭和二十年に配られる予定だった事も知らない様子であった。その後、山形県会議長を伴って、再度議員会館に行ったときは、もう売っていなかった。田中元首相が調べてその一言でやめさせたと聞いた。「早速全員にくれることにしたから。」と私に言った。
 戦争が終わって、四十年も経っての話であったが、元軍人の私としては大事な事であった。なぜなら命をかけて戦争に行った証しであったからである。それから間もなく、ロッキード事件が発生した。私の知っている田中元首相は特別な人であった。「よっしゃ、よっしゃ」が口癖で、その実力からして、惜しい人物であると思う。わが家には、田中元首相と一緒に写った写真があるが、この写真を見る度、私のような一介の国民に対してもやると言ったら必ずやる、その姿勢に感動を覚える。私の会った何人かの首相とは、一味も二味も違った人間であった。
師三人の恩恵 1997.8.1 掲載
高橋 勉(たかはしつとむ=川西町教育長)
 三十三年間の教職生活中に二度、通算して十八年間、東南置賜教育事務所で勉強させていただいた。この間数多くの方々との出会いがあったが、次の三人の方からご指導いただいた恩恵は、その後の私の教育の仕事上は固より生き方においても今なお大きな支えとなっている。
▲大峡 孟氏(元東南置賜教育事務所長)
 先生には九年間ご指導いただいたが、権力に屈せず権威を尊び、豪放磊落にして情深く、現実を厳しく直視しながらロマンを求めて夢を追うという、それまでの職場では出会ったことのない強烈で豊かな個性の上司であった。「上司の意志を忖度して事に当たれ」と役付に就任早々に叱責された言葉を爾来、肝に銘じて事に当たっている。
▲小口 亘氏(前米沢市教育長)
 先生には、先生が教育事務所の指導課長の時と、米沢市の教育長の時の二度に亘ってご指導をいただく機会に恵まれた。
 指導課長時代の筋道の整った学習指導論と教育長時代の本質的な教育行政論にはいつも敬服するばかりであった。
 先生の識見の高さの然らしめるところであるが、深い洞察力、広い視野、精選された言語による説得力のある論理に学び、範としているところである。
▲川上 茂氏(前教育事務所運転技士)
 氏の運転技術は言うに及ばず、運転技士としてのプロフェッショナルに教えられ、その人柄と常に前向きな生き方に引きつけられ、勇気づけられた十八年間であった。
 執務時間の余暇に学習を積んで各種の資格を取得する。カメラの技術に代表される趣味を高めて人生を豊かにし仲間を広げる。真の生涯学習者であり、人生の師としている。

懐かしい思い出
あの人との出会い、心に残る珠玉の記録(置賜圏内外より 160名が寄稿、 現在続編も米沢日報へ毎週好評連載中)

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